『近しい』という言葉を『(距離が)近い、似ている』という意味で観測する機会が多い

今日は同僚と、『近しい』という言葉の意味について(一方的に)盛り上がった。
同僚の意に反してかなり盛り上がった。
今こそブログを書くときである。

『近しい』=『親しい』

ここ数年、『近しい』を『(距離が)近い、似ている』という意味で使う人を見る機会が増えた気がする。
手元の辞書には『近しい』は『心理的に近い関係にあるさま。したしい』とあり、やはり『似ている』という意味で使うのは違和感を覚える。
例えば、以下のような感じである。
正しくない用法:「新たに行った実験では、過去の実験の計測値と近しい値が確認できた」
正しい用法:「亡くなった方とは近しかったの?」

どこかの方言なのかもしれないが、本来の意味を無視して別の意味で使うことは、あまり好ましいと思わない。
あと、「『文字をわざわざ足して間違っている』のがダサい」という思いも若干ある。

なぜか技術系の人に多い気がする

そして、そういうふうに使っている人の多くはプログラマーなどの技術系の人のように感じる。
Qiitaで検索してみたら274件ほど見つかった。やはり「近い」という意味で使われている例が多いように見える。

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ほかにもあるぞ

例えば『延々と』という意味で、『永遠と』と使っている人がいる(これはよくTwitterでみる)。
別の同僚は『傾向』という意味で『傾向性*1』と使っていた。
本来の意味を無視して(勢いで)別の意味で使うことは、やはり好ましいと思わない。

一方で、『シュミレーション』や『ふいんき』、『喧喧諤諤(けんけんがくがく)』などのメジャーな間違いは特に違和感を覚えない。
何と間違えているのが明白だし、曖昧さがないからだと思う。

本来の意味を無視した使い方はしないほうがよい

正直言って、こんな話題はどうでもいい話である。
俺も金曜日の勤務後にこんなことをブログに書く他に、もっと時間を有効に活用できると思う*2
とはいえ、このポストが誰かの人の目に留まって、その人がこっそりとでも使い方を振り返ってもらえれば幸いである。

*1:倫理学用語で性向などの意味

*2:「田舎の親に電話する」とか